今日の1枚 - 最新エントリー
「フェイスブック」上場を申請とニュースが流れています。今では農家の間でも利用されている方が大変多く、地域を越えて情報交換をしています。
また、フェイスブックを情報交換の場に利用するだけはもったいない、仲間を集めて地域を盛り上げようと頑張っている仲間がいます。
それは、「がんばろう!オホーツク」というグループです。
グループの説明から↓
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網走支庁管内にお住み又はご縁のある方。
天気予報では網走・北見・紋別地方と言われたり呼び名が様々です。
このオホーツクで開かれるイベントに関わってる方や農業・林業・水産業を営む皆さんや工業・商業・観光業とオホーツクの特徴を活かした話題発信の中から業種を越えたつながりからオホーツクを元気つけて行きませんか?
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いいですねぇ。
参加者は農業者のみならず、農業改良普及員、議員さん、観光協会の方、飲食業etcと多岐にわたります。
ここから大きなうねりが来ますよぉ。
「がんばれ!オホーツク」に期待です!
下記リンクはフェイスブック登録者のみ閲覧可能です。
これを機にフェイスブックを始めてみませんか。
がんばれ!オホーツク
昨年取り組んだメロン学習のまとめを発表するということで、地元の小学校に行ってきました。子供たちは毎年何かしらの作物を育てているのですが、昨年初めてメロンに挑戦。
メロン作りは大変だから子供達には無理なのではという意見が多かったので、収穫までは不安だったと思います。
しかし、なっなんと、周りの予想に反して、みごとなメロンが収穫出来ました。
栽培の指導が良かったのかも<(`^´)>
栽培中は2度ほど我が家のメロンハウスに見学に来ました。
メロンの様子を見て感心してました。
でも一番喜んでたのはメロンの試食をさせてあげた事かな。
発表会では子供達は観察の様子を発表したり、エコについて考えたり、施設見学の感想等を上手にまとめていましたよ。
98歳の祖母。玄関前の氷が気になったようで、倉庫からつるはしを引っ張り出し振り回している。
昨年息子(私の父)が亡くなり、がっくりしてそのまま元気がなくなるのではと家族の者が心配したが、まったくそのような事はなく毎日元気はつらつである。
さすがに晩酌はやらくなったが、3食しっかり食べ朝晩の散歩は欠かさない。
息子を亡くした悲しみは家族の誰よりも大きいとのはもちろんだけれど、それにも増して家族のこれからの事が心配のようだ。
旦那さん(私の祖父)を早くに亡くし、一家の主としてこの家を守ってきたのだから、今自分がしっかりしなければならないと思っているのだろう。
まだまだ僕は一人前とは思われていないようであります。
被災地に出来る事は何かないだろうかと思い、昨年の秋に我が家の農産物を送らせて頂いた。僕の出来る事はとてもちっぽけな事だけど、農産物を受け取った方々にはとても喜んで頂けたそうだ。
最近のテレビや新聞では「被災地は復興に向かい立ち直ってきている。」と、まるで被災地は落ち着きを取り戻しているかの報道ばかりが目立つ。
確かに被災地に行っても、都市部では震災は昔の事と錯覚してしまう。
しかし周辺部を見ると、復興しているとは言い難い景色が広がっている。
月日が経つにつて、ますます差が際立っている。
地盤沈下したままの土地。
作付けされず雑草が生えた田んぼ。
市街地に放置された漁船。
基礎だけ残った住宅街。
復興までの道のりは、まだまだ険しいのだと感じた。
僕達に出来る事は小さいのかもしれないけれど、被災地の方々をこれからも応援していかなければと思った。
私の地元中学校に昨年9月、震災直後から現地に取材に入られたカメラマンを招き、講演をして頂いた。
全校生徒を前に、写真1枚1枚に込められたメッセージを話して頂いた。
被災直後の写真を見た子供達は何を思っただろう。
360°見渡す限りの瓦礫が広がった仙台平野。
被災した自宅から荷物を運び出す人たち。
親と離ればなれになり、うなだれる子供。
牛舎で餓死した子牛。
近すぎる原発。
もちろん我が息子もその講演を聞いていた。
今回宮城行きを決めた僕は、「お父さん、宮城に行こうと思うけれど、一緒に行くか?」
との問いに、二つ返事で答えた息子たち。
子供達がこれから生きてくために、見ておかなければならないものがあるのではないだろうか。
今回の経験は必ず君たちにとって意義のある事だと思う。
被災地での写真はこちら↓
被災地にて







